2006年9月27日 (水)

想い出のマカロン日記~その20

昨日に引き続いて、ダマスク ローズの話をします。

素晴らしい素材があると僕らは、その素材の特徴を最大限に引き出すのが仕事になります。この理論が解るのに僕の場合は、ずいぶんと時間を必要としました。

このバラの高貴で、優しさに満ちた香りは、余計な、パテシェとしての老婆心は必要としませんでした。若い頃、僕の場合、自分が作ったマカロンなどのお菓子が可愛くて愛しくて仕方ありませんでした。販売しないで自分で全部食べちゃおうかなんて時もあったりしました。

ですから、そのお菓子への思いが強ければ強いほど、自分らしさとか、この味は自分しか作れない味だなんて、思い上がった感情がニョキニョキ頭を出してきます。

これがほんとに質の悪い私心です。この気持ちを抑えるようになると、素材への尊重が生まれるような気がします。

余計な事はしてはいけない。複雑にしては駄目なんです。

パテシェとしての技量を見せる必要もないのです!

素材を尊敬しその力を信じる事です。

ほんの少しだけ、手伝えば大丈夫です。

少し、僕なりに感じるフランス料理と日本料理の違いみたいなものをお話してみます。話が横道にそれますが、お付き合いください。

フランス料理は、足し算の料理です。味香りが足りなければ、より力の強い素材を足し、新たな味を構築します。これは、フランスの文化性や国民性によるところだと思います。己が存在する事で他がある。人間性としては己の主張が強く要求されると思います。ところが日本料理は、引き算の料理です。余計なものを殺ぎ落とし、そのものを生かそうと考える料理です。これは日本人の独特の感性です。まず周りを考え自分を考える。仏教用語で言うと利他がこれにあたる言葉だと思います。ですから子供の頃から僕等の躾は、ここを中心に教育を受けます。

この考え方が根本に有りますから、僕も年齢を重ねてくると素材を活かすシンプルな考え方が生まれてきました。

若い頃のルセットをたまに見ることが有ります。いろんな複雑な工程や素材をたくさん入れ込んだ、複雑で自己主張の強い、ぎすぎすしたお菓子の羅列です。簡単に言うと頑張りすぎてるお菓子です。

このダマスクローズを通して、自分の過去を振り返る事が出来ました。そして素材の素晴らしさを活かすための方法や創造性を学んだ気がします。

ただ闇雲に工程や味香りを複雑にするのが創造ではないのです。勇気をもって単純にする事で新たな創造が生まれることを知りました。

僕にとっては、ダマスク ローズは、その指針だったかも知れません。

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2006年9月26日 (火)

想い出のマカロン日記~その19

ダマスク ローズってなに?

バラのマカロンを作りたいという衝動に駆られだした僕は、まずは、バラのリキュール、バラの花水、食用のバラのパヒュームなど、メーカーを替え探したり、人伝に探してもらったり、アナログ人間の僕は、ネットで検索なんて考えもつかず・・・。

でも、どれも香りに力強さがなかったり、人工的な香りがしたりで僕には、どうも納得がいきませんでした。

僕が食べ物で嫌いなものは、意図的に作られた香りがするものが一番耐えがたいものです。簡単に言えば人工的な香りです。鼻の奥にいつまでも残る不自然な香り、我慢が出来ないくらいです。ですから、僕が作るマカロンなどのお菓子は、香料と呼べる物はほとんど使いません。

ただ例外的に若干は、微量ですがマカロンでも使ったものは有ります。

とにかく自然の生命力や活力が溢れる素材が好きです。

話はずいぶんと横道にそれましたが、バラの話に戻します。それでも僕は、そのバラの素材で、マカロンを作っていました。でも間の抜けた香りで、頼りなく納得がいくマカロンが出来ません。バラのお酒を煮詰めて香りに深さを出したり、香料でごまかしたり、クレーム オ ブールをイタリアンメレンゲに変えてみたり、考え付くもの全て試してみました。でもそれなりに美味しいのですが、マカロンからは心が高ぶるようなバラの香りはありません。

そうこうしていると、二年近く過ぎていました。アルデュールもオープンして三ヶ月くらいたった頃です。偶然にもそのバラと出合ったのです。

求めよ、さらば、与えられん!

思っていれば、叶うものです。

ダマスク ローズ!

ブルガリアのバラの谷に咲く小さな可憐なバラです。後で知る事になるのですが、バラの中でも香りが強く最高のバラと称されるバラです。僕は、このバラに出会うことで本当のバラの香りを知ったのが事実です。取り立てて僕は、バラの花が好きだったわけでもありませんが・・・いやいや・・・嫌いでした。だって男の僕が・・・分かりますよね?今だからほんとに香りのいい香水が出回ってますが、昔のバラの香水のイメージは、安っぽい場末の香りでした。そのイメージをこのバラは、覆してくれました。参りました降参です。

特に、このバラで作られたコンフィチュールがなかったら、アルデュールのバラのマカロンや、バラのボンボンショコラ(ジュンヌ)は登場しなかったと思います。

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想い出のマカロン日記~その18

抹茶以来、僕の和素材への傾倒は続きました。

マカロンの素材の組み合わせも、どんどん自由な発想が生まれてきます。今も人気が続く抹茶とあんこのマカロンもこの頃の発想から生まれたものです。抹茶のキルシュ風味のクリームや伊予柑とオレンジ花水、煎茶とパッションフルーツ、和栗とオレンジなどの和洋のカテゴリーにとらわれないマカロンが登場してきました。

どれも、その当時としては斬新な組み合わせで、よくお客様にどんなマカロンか想像がつかないなんて言われていました。

話は少し変わりますが、今日のラジオ出演でアルデュールマカロンのカテゴリーのクレアシオン(創造)のお話になったときの事です。ふっと僕の頭をよぎったのが、一番最初の創造的なマカロンてなんだったんだろうと、頭の中を疑問が渦巻きだしました。

大事なきっかけの味です。

それは、ダマスク ローズ(バラ)のマカロンだったのを思い出しました。まだシーホークにいる頃ですから五年位前の話です。ピエール エルメがイスパハンを出した頃だったように思います。バラと木苺とライチ マカロンのプティ ガトウです。これは、僕の常識を超えたお菓子でした。

バラ?花でしょ?何でそんなの食べるの?が第一印象です!

そう!あの時もそうです

石鍋シェフと仕事した時も!

ローラン ぺリエとバラのソルべ!この美味しさは、その当時25歳の子供の僕には、大人の香り漂う色気のある風味についていけませんでした。シャンパンだけならまだしも、それに香りの想像すらできないバラ!

この組み合わせは、まだ子供の味覚の僕には太刀打ちが出来ませんでした。

でも経験と言う時間は、僕の味覚、嗅覚の成長を助けてくれました。イスパハンが何の違和感も無く染み入るように美味しく感じました。

そう!またひとつ理解できなかった、味、香りを理解する事で僕自身の、味覚と嗅覚の領域は、格段の広がりを見せました。

そう!バラの香りを理解する事で・・・。

そして、新たに創造することで、自分の既成概念を破る事になっていく事に気付かされた出来事です。

バラの香りは、そのくらいの力と神秘性が僕には、あるような気がしたのです。

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2006年9月17日 (日)

想い出のマカロン日記~その17

抹茶の話を続けます。

今風に言うならば、僕のお気に入りの素材です。宇治の和光という、お抹茶が僕のお気に入りの素材です。

抹茶は、皆さんご存知のとおり、安価なものではありません。やはり、僕らが使う抹茶の範囲にも有る程度の限界があります。

美味しいさと価格のバランスが取れてなければ、仕入れる価値が無いのは、言うまでもありません。ただその質がよいとという理由だけで価格を考えず仕入れると、そのときは美味しいものを作れても、継続がおぼつかなくないます。

ただ美味しいという理由で安易に仕入れが価格が高ければ売値価格の高さが、お客様に反映するわけですから、僕のマカロンなどのお菓子作りを通して大切にしている事は、美味しいものこそある程度の方たちが食べられる納得の値段てなくてはならないと思っていますので、意に反するわけです。

不思議なもので、僕らの仕事は自然の産物が相手の仕事です。ですから、この素材が今年よかったから来年も素晴らしいなんてことはなくて、農作のブランド化はよい事だとは思いますが、僕の場合は、ある程度の参考にするだけで、盲目的に使用する事はありません。

だから僕らは、常に美味しいものの基準値をしっかりもっておかなくてはなりません。

そんな考え方で選んだ、良質の抹茶です。

常に新鮮な状態で届けられ、酸化した香りも無く、すがすがしい香りと清廉な芯のある風味があります。この抹茶に出会ってなければ、今のうちの抹茶のマカロンも生まれていなかったと思います。

ただ埃くさくて、青臭く酸化しているだけの香りのする抹茶では、今後の創作意欲にもつながらなかったと思います。抹茶ひとつの出来ごとですが、今思うと、マカロンの和素材としての扉を大きく開けてくれたのは事実です。この出会いがマカロンだけではなく、生菓子やチョコレートまで発展して行ったのです。

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2006年9月15日 (金)

想いでのマカロン日記~その16

柚子の話は、このくらいにしておきます。

柚子で、フランスの呪縛からとき離なたれた僕は、伊予柑や胡麻、和栗など日本的な素材を探しては、マカロンやお菓子に試していきました。創造も一のつきっかけで、箍が外れたように、何にもとらわれることなく自由な発想が湧いてくるようにになりました。

ただ、僕の中にある、この素材がフランスにあったらフランス人のパテシェは、どのように解釈してマカロンなどに使うのだろう?が僕のマカロンなどに和素材を使うルールです。

フランス的な手法、創造がなければ、和菓子との境目がなくなってしまい、なんでもありが許されてしまいます。

例えば、抹茶のお菓子にあんこが上に乗っかって、木の芽が乗ってるなんてことは、素材の相性は良くても僕のフィルターは通れません。あくまでも、この素材を調味する事が大切で、組み合わせの妙みたいな表現を心がけています。

抹茶の話が出てきたので、僕が嫌いだった理由をついでにお話します。

子供の頃から、抹茶飴や茶そばが大嫌いでした!!

埃くさくて、青虫をを踏み潰したような匂いが僕は、許せませんでした。今も嫌いかって?

今は、大好きです。

今までにも抹茶のお菓子は、事あるごとに作ってきました。抹茶とチョコレートとプラリネのお菓子やホワイトチョコレートと抹茶のジュレのお菓子。どれも評判の良かったお菓子です。

でも僕は、心から美味しいと思えませんでした。それは、抹茶が美味しいと感じなかったのが一番の理由でした。

抹茶ってこんなに美味しくないの?こんなの作法もうるさいし、みんなありがたがって飲む方がおかしい!

僕が、今のこの抹茶に出会うまでは!

人が本物を知らないというのは、ほんとに不幸だという事を実感しました。それらしい香りや味のするものを作り手が本物だと信じて使うことの屈辱感を・・・またこれを知らないまでも製品にして販売する。

僕は、作り手として恥ずかしい事だと今でも思っています。それぞれのお店の事情によって使用できる素材の原価は違ってきます。最高のものをつかえるお店もあるし、そうでないお店もあります。

でも本物の味や香りを知っておく事によって、その味に近づける努力をしようとするのが作り手の良心だと僕は、思っています。

僕は、この抹茶に出会ったことで、素材への敬意と本物を知らないまま、美味しくないものと判断してしまう愚かさに気づかされた気がします。

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2006年9月14日 (木)

想い出のマカロン日記~その15

早いもので、マカロンについてのブログを始めて一ヶ月以上経ってしまいました。

最初の頃は、こんなつたない文書読んでくれる人いるのかしら?もし読んで頂けるなら申し訳ないなーなんて思いながら書き始めました。ところが一ヶ月も経ってしまうと人間て、ずうずうしくなるもので・・・・。

あの謙虚さはどこへやらで、五年くらい経ったらどんな文章でどんなにずうずうしく、厚顔無恥に加えの恥の上塗りをしていくんだろう?とか思うとぞっとします。

でも、こうやって自分の過去を振り返りながら、その当時の事を思い出して懐かしんだりできるのも幸せな事だと思っています。

マカロンだけでも、失敗が沢山あった分だけこんなに書けるものですから、自分でも不思議な感じがします。もしパテシェの若い子達がこれを読んで勇気付けられたらいいのにな何てことも感じます。

だって、今でこそ多少なりともお菓子がわかってきた不器用な僕が、若い頃は、誰にも負けないくらいの失敗を繰り返した結果が現在の結果です。だから、現状がうまく出来なくても諦めないで、諦めないで一生懸命に続けてもらえればと思います。

けっして僕自身は、器用な方でもなくて、いやいや不器用極まりないくらいでした。今振り返るとこの不器用さのお陰でマカロンの話も沢山書けるものですから何が幸いするかわかりません(苦笑)

では、もう少しマカロンの話を・・・

最初の和素材のマカロンは、柚子でした。

これは、個人的に僕の好みの問題で、子供の頃もお吸い物に季節柄、柚子の皮ではなくて橙だったり、ひどい時はみかんの皮なんて時は、言葉には出しませんでしたが、ひどくがっかりしたませたガキでした。そしてすっぱいのも大好き、梅干を初め、昔の夏みかんとか唇がしびれるくらいのやつが好きで、みかんも出始めの青いみかんが大好きでした。

そして柚子は、その頃の僕にとってはヒーローです。橙でもすだちでもカボスでもなく柚子です。なぜかしら大好きでした。今でこそ大人になった分だけ生意気に気品に満ちた高貴な柚子の香りは凛として香りの中に静寂があるなんて思ったりもしますが、子供の頃なんて・・・。

そんな僕ですから、この日本的な香りや苦味をフランス的な表現でマカロンと組み合わせを思いつくのも必然だったかも知れません。

和素材マカロンのきっかけは柚子が始まりです。そしてこの入り口が僕が大嫌いだった抹茶へと繋がるのです。

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2006年9月 8日 (金)

マカロン普及活動中!

熊本鶴屋、二日目です。

初めて、博多でアルデュール以外でマカロンを販売したときによく似てます。最中、クッキー、ビスケット等々。マカロンって中にクリームが入ってるの初めて食べました。こんな食感のマカロン食べたことがなかったとか、マカロンを誤解してましたなんて聞いたりすると嬉しくなります。

そう!初めて伺うとこや年輩の方が多いところは、この手の質疑応答は、しょっちゅうです。でも、この小さな積み重ねがマカロンの認知度を上げる一番の方法だもの。だってパティシェでも知らない人たくさん居るのに、普通の人だったらなおさらだよな~なんて思いながらマカロン販売してます!それから、マカロン知らないお客様との距離感が有る時とかは、もう少し身近な味や香りをマカロンに使えるように考えなくちゃなんて思ったりで、以外とマカロンの新製品のアイディアが隠れたりしてるのも事実です。この催事も満更でもないことを感じたりします。少しずつ、少しずつマカロン普及活動が、広がればいいんだけど…。と願いながら。

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2006年9月 3日 (日)

想い出のマカロン日記~その14

まず、僕が考えたのが、どうしたらマカロンを身近に感じてもらえるかが先でした。

日本人が、ほっとするような味、香りのマカロンを作りたい。フランスにあるものだけでマカロンを表現していくには、時代の流れから行ってもまた僕自身の味覚に対する変化や考え方が、大きかったような気がします。

若い頃は、フランスに対する憧れや尊敬もありました。なんて素晴らしい料理やデザートなんだろう!そして日本に無い歴史や文化が圧倒するような勢いで僕を包んでいきました。

ヌーベル キュイジーヌ全盛。

料理ではボキューズやトロワグロやシャペルそしてペロー。お菓子では、ルノートルやジャン ミエ、エルグアルシュそして ペルティエそんな時代の影響を受けた僕には、フランスが全てでした。

当然、フランスの味覚や香りに近づけるのが、その頃の作り手の使命だと思ってました。ましてや、日本独特の素材をマカロンに使おうなんて毛頭その頃は無かったように思います。

ところが、僕達の仕事は、社会事情に非常に影響をを受ける仕事です。国の経済状況や労働環境、生活環境に全てにかかわってくる仕事でもあります。

僕が、 マカロンを新しい表現で日本人の味覚にあった、または日本独特ののマカロンを作りたいと思い出したのは、バブルがはじけ、住専問題や銀行、リストラが終わり、失われた10年といわれる後半のほうじゃなかったかと思います。

みんなが、不安を抱えながら歩き、少しずつですが自信を回復しはじめ、何か穏やかなものを求めたり、優しさや癒しを求めだした頃だったと思います。それまでは、海外からの影響を受け作ってたお菓子がほとんどでした。

そして、僕自身の好みの変化?あれほど好きだったフランス料理やワインが恋しいと思わなくなってきていたのです。 そうです!興味は、もっぱら和食!

そして、日本には沢山の世界に誇れる素材があるんだと気づいたのは丁度その頃です。今まで僕の中にあった、これはマカロンには使っちゃいけない!だってフランスに無いじゃないかなんて、タブーが無くなってからは、ほんとに自由な発想が生まれ出したと思います。

和素材マカロン

まず手始めは、柚子からです。懐石の椀物に入る柚子の香りが嫌いな日本人がいるんだろうか?まぶたを閉じて出汁の香りとあいまって立ち上る、潔い高貴な柚子の香りを嗅いだ時に、ああ、日本人に生まれてよかったと思えるのは僕だけじゃないはずです。

この素晴らしい素材を、今まで僕が表現していたフランス的な手法や感覚と日本人の感性で表現できたら、もっとマカロンが身近なものになるのに?

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2006年9月 1日 (金)

想い出のマカロン日記~その13

シーホークを退社する、二年位前からだったと思います。いろんな味と香りのマカロンのフィリングを僕なりに消化しだしたのは・・・・。

従来のマカロンは、ガナッシュ、クレーム オ ブール(バタークリーム)、コンフィチュール(ジャム)が一般的でした。

どれも、日本人にとっては、パートの甘さ+フィリングとしての甘味の強いものをサンドするわけですから、食べてはマカロンの甘さから逃げるわけにも行かず、ダイレクトにフランス的な甘さを、今まで出会ったことのない変わった食感と甘さに出会うわけですから、戸惑いは当たり前です。

今でこそ、認知を得たマカロンもこの甘さが、もう一つ日本人に受けなかった理由のひとつだと思います。その頃は、低甘味料のトレハロースなどもなくて、他の方法でマカロンの甘味をごまかす作業が必要となるのです。

まずは、マカロンの食感です。

重くて、ねっちりしたマカロンは口解けに時間が掛かる為に、必然的に口の中での滞在時間が長くなり甘さを強く感じます。

また、食感が同じ物が続くと、印象が同じで甘さだけを意識しがちですので、その意識を散らしてあげないといけません。人間の味覚や嗅覚は、このちょっとした作業で、いくらでもごまかされてしまいます。

人間の味覚や食感、舌触り、歯ざわり、嗅覚は、異質なものにはすごく敏感なのですが、複数の味や香りや食感が重なると、すごく鈍感になってしまう傾向があります。

これを少しだけマカロンにも利用します。

歯ざわりは、日本人が好む、緊張感が少し生まれるはかない固さを目指します。そして次に対照的な柔らかさで、マカロンの甘さをごまかしてあげます。

このマカロンの食感も、今までのオーブンと違うコンベクションオーブンでなければ出せなかった食感です。このオーブンがなかったら、アルデュールマカロンは生まれなかったかも知れません。

次にクリームです。

基本的には、クレーム オ ブールとコンフィチュールの組み合わせです。クレーム オ ブールは、その頃はまだパータ ボンブを使うクラッシックな配合でした。今でこそ、トレハとか使いますがその当時は使っていませんでした。

コンフィチュールは、以前お話しましたが、糖度は55%です。基本は果実1キロに対して砂糖1キロですのでかなりの低糖度です。そして、新鮮な香りが残るフルーティさを強調する為に強火で早めに炊き上げます。そして煮詰めの温度もかなり浅めに炊き上げるのがアルデュールのコンフィチュールです。

そして、これをクレーム オ ブールとあわせます。これ思いついたのは、バタートーストにコンフィチュールを塗って食べるのが、僕は大好きで。少し俗っぽい発想ですが、これがなかなかです。

深く煮詰めた混沌とするコンフィチュールも美味しいのですが、これはあくまでも私見ですが、生の果実を好む日本人には、深く火の入った果実の美味しさはなかなか理解しがたい風味です。浅めに炊き上げ新鮮な風味を残す事により、日本人の味覚の感性にあったコンフィチュールを作る事で、より身近に感じる風味を目指しました。

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2006年8月31日 (木)

想い出のマカロン日記~その12

少しずつ、回を重ねるごとにマカロンが思うように上がるようになりました。

かれこれマカロンを始めて10年くらい経った頃でしょうか?ふとした時にマカロンて何で決まりきった味しかないのかしらん?

なんでだろう?なんで?

お菓子は、いろんな組み合わせのバリエーションがあるのに、マカロンは、ここ10年間ほとんど同じメニューで代わり映えしませんでした。

ショコラ、カフェ、ピスターシュ、フランボワーズ、シトロン、オランジュ、カシス、ヴァニラ!よくもまぁ、この飽きっぽい僕が同じメニューのマカロンを作りつづけてたものです。

何か、マカロンのフィリングは、変えてはいけないものみたいな感じがあったのかも知れません?またマカロン自体が珍しく、そんなに売れる商品でもなくて、気が向いた時に作っては、ショーケースに少しだけ並べるような感じだったので、マカロンが売れるはずもないんだけどね!

今みたいにマカロンが脚光を浴びるなんてその頃は想像できませんでした。その頃ときたら、マカロンなんて食べた事のない人たちばっかりで・・・。

マカロンを試食してもらっても反応は、甘ーい!あまーい!がほとんどでした。

中には、勇気づけられる評価もありました。甘いけど後味がくどくない!これには、救われた思いでした。

甘い=不味いって言われてるのと同義語です。これはすごくショックです。

でも僕は、分量をいじる事は、絶対したくありませんでした。僕の中に沢山の大好きなフランスのお菓子があります。

その中で今でも、20年以上配合をいじらないお菓子が有ります。それは、僕が菓子職人を目指してから憧れ続けたお菓子でもあるのです。フランス菓子にのめり込んだきっかけを作ったお菓子です。そしてこのお菓子たちへの敬意とフランスに対する尊敬の念でもあるのです。

オペラキャフェ、シブースト ポンム 、マカロン パリジャン。

これが僕の中にある大切なお菓子です。ルセットをいじる気は今でもこれからもないでしょう。オペラは、混沌とするキャフェとショコラのお菓子です。全てが力強くて僕の心に迫り来るものが有ります。予断ですが、今でも屈強な石造りのオペラ座を見た感動は忘れません。

シブースト ポンムは、カラメリゼされたカスタードのムース、酸味と甘味の強いリンゴのソテーそしてフラン生地、土の香りや発酵バターや粉の焦げた香りのする力強い折パイ。どれもが主張しあいながら、一つの味を作り出している。僕の味覚や香りの常識を超えたものでした。でもどこか懐かしく朴訥で温かい人の手の温もりを感じるお菓子です。

マカロン パリジャンは、少しだけ歯にあたる緊張感のある歯ざわり、そして中の生地の対比する柔らかさ、そして個性の強いクリーム。こんな小さなお菓子の中にフランスの全てがあるんじゃないかしら?と思うくらい、ショッキングなお菓子です。

話を元に戻します。

パートの部分の配合はいじりたくない!でもこれじゃーみんなにマカロンの美味しさを分かってもらえない!

どうすりゃいい?

ふん!!

しょうがないじゃん!フランスのお菓子だもの甘くてあたりまえ!

うーーーん!

きっとこの美味しさは、日本人にわかんないんだ!フランス人なら分かってもらえる!

こんな葛藤を繰り返す日々でした。

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